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なぜダラシないか「つべこべ言わずに学べ」

なぜだらしないのか
これ以上、またこれ以下は不合格だという自分のポイントを決める。

それ以下なら見直す、やり直す、考え直す。
それを苦だと思わない。

自分のスキルを上げるためには何度も繰り返しが必要。
それは無駄な時間じゃない。無駄と思うな。

妥協するポイント、範囲、時間は、人によってさまざま。
ここまで、という線引きをどこでするかは、その人の自己判断に任される。

もし自分本意な(または指示される通りの)方法だけで物事を判断する人なら、出来栄えを判断するのは自分の感覚・それまでの経験だけ。

それって、悪く言えば自己流。

向上する方へ進むのなら良いが、自己判断が微妙に間違った場合は誤った方向へ進むことになる。

しかも、自分は間違ってないと信じているものだから、他人の助言は自分への反乱(攻撃)と考えてしまう。

これじゃ負のスパイラルである。
控えめに助言して気付かせることさえできない。

困ったものだ。

どうか自分自身で気付いてほしい。

自分の本当の実力はどこまでか?
方法、やり方は、間違っていないか。絶えず確認しながら進める。
それを無駄なことだと思わない。

特化した狭い範囲の力ではなく、オールラウンドに展開、発展、助言できるスキルを持つほうが応用が効く。顔が広がる。
その経験が他でも活きる。
一芸に秀でた者は、多芸である。
、、、ともいうが、一芸に秀でた者は、その他全くダメ、ということもありうる。
機を見て敏、ですね。

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