理想の老いぼれ、シニア社員は逃げない、逃げれない

2020-11-16

気を使われて話しかけられる。
年取ると、なんだか会話がフォローに満ちる。

今更ながらキング様「ミスター・メルセデス」を読む。
一旦は諦めていたのに、再度読むとぽんぽんと入ってくるから不思議。
以前も「骨の袋」で同じ経験をした。これは脳内で一旦発酵させてから時間を置いて読むのだと作者が教授してくれているのかも。

そう考えよう。とにかく面白い。あいかわらずのキング節だが引き込まれる。

年長者となればなるほど、なぜか会話がスムーズに進むようになる。

この前までは、途中途中で断片的になってしまい(つまり話の腰を折られてしまい)進まなくなることがままあった。
しかし聞き手が気を使ってくれているのか、スムーズに話が進んでしまう。

こんなことは普通はありえない。
再確認で聴き直したり、反対の意見を持ち出されたりするものだ。
それがほぼなくなる。

それは、聞き手が気を使ってくれているからだ。
それを感じ取れるだけの余裕がほしい。

自分はまるで、突然話し上手になったかのような錯覚に陥る。
気のいい人間なら有頂天になって長ーく話し続けるだろう。

しかし気づけ!
おまえは人を引きつけるような話はできない。
それまでの経験をよく考えろ。

そう思いたい。
後輩から気遣いされるようになったら、だいたい陰ではクソジジイの中心人物になりつつあるということだ。
そう、あなた自身が。

いくら頑張っても歳の若い連中の話題には入れない。
考え方も、生活リズムも、感じ方も、もう歳を取った。
年齢相応の感じ方しかできない。
そういうものだ。
いまは若い連中であっても、彼らもやがて同じ道を歩む。
人の一生とはそういうもんだ。

しかしだからといって、偏屈なクソジジイに成り下がる必要もない。

集団の代弁者として交渉人になる。
経験を活かしてアドバイス、指導をする。

つまり、のんびり余生を会社で過ごそうなどとは間違えても考えてはいけない。

常に臨戦態勢で生きろ。

高齢社員の人事管理